美食学研究報告

日本料理の次世代への継承と、更なる発展。日本料理を未来に繋ぐ。

【献立について考える】「酢の物」

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人間の味覚と「酢の物」

今回のテーマは「酢の物」です。
驚くことに、日本料理の献立の中で"味"が献立の名前になっているものは、この「酢の物」、つまり酸味だけです。

人間の味覚は5つの味を感じると言われています。
つまり、「甘味」「辛味」「鹹味(かんみ)(塩味のこと)」「苦味」「酸味」で、これを合わせて「五味」と言います。

「うま味」を加えて「六味」とか、「辛味」は味覚でなく痛覚でないかとか、近年ではそういう研究が報告されていますが、昔から言われる味の基本は上記の「五味」になります。

煮方で味付けの勉強を始めて、まず最初の課題は「甘み」と「辛味」、「鹹味」。つまり、砂糖と醤油のバランスと濃淡から始まります。
これは、まぁまぁ理解しやすいところです。

それに対して、「苦味」や「酸味」は難しい。

最近の研究では、産まれたばかりの0歳児に砂糖、つまり「甘味」を摂取させたら「美味しい」と脳が反応しているという報告があったそうです。しかし、おそらく0歳児に酢を飲ませても美味しいとは感じないでしょう。

「甘辛」は子供でも美味しいと感じることが出来るでしょうが、「苦味」や「酸味」を理解するのには、ある程度の味覚の成熟が必要になります。

日本料理における「酢の物」とは

話が逸れたので「酢の物」に戻ります。

先付にも酸味の効いたものを出す場合も多いのですが、これとは別で、一つの独立した料理として「酢の物」を献立の中に組み込むことがあります。

日本料理の献立で「酢の物」は「ご飯」の前に出されることが多いです。

以前に「先付」の記事でも書いていますが、「酸味」には消化を助け、食欲増進効果があるので、ご飯が進むようにという工夫でしょう。

また、酸味には口の中をサッパリとさせる効果があるので、揚げ物の後に出されることも多いです。

「酢の物」は「合わせ酢」が基本

「酢の物」では生酢をそのまま使う事はほとんどなく、出汁や調味料との「合わせ酢」を使います。もちろん食べたときの刺激を緩和するためです。
「合わせ酢」の基本は二杯酢三杯酢になりますが、出汁の入った土佐酢であったり、柑橘系のポン酢も多用されます。

黄身酢、みぞれ酢、梅肉酢、山葵酢、辛子酢、胡麻酢、胡麻ポン酢、酢味噌や辛子酢味噌と合わせ酢のバリエーションは豊富にあります。

「酢の物」が難しいのには理由がある

繰り返しになりますが、酢・酸味というのは、味付けのとき非常に加減が難しいです。

レモンを丸かじりしたときの事を想像するだけで、実際に食べていなくても口の中に唾液が出てきます。

酸味は唾液の分泌を促します。
唾液というのは、酸を中和させるものなのですが、唾液が出れば出るほど食べ物の味を薄めてしまうのです。

唾液で味が薄まるからと言って、酢を濃くすると最初に口の中に入ったときに刺激が強くなり過ぎる。

かと言って控え目の酢にすると、食べた瞬間はちょうどよく感じても、飲み込むときには頼りない。

このバランスを取るのが非常に難しいのです。

酢の効果と「酢の物」の考え方

焼き魚にレモンをかけて食べる。
すると単に焼き魚を食べたときよりも、魚の味がしっかりと感じられます。

酢には強烈な個性があります。
酢というのは「素材の味の輪郭をクッキリさせる」ような効果がある気がします。
「味を付ける」というよりも「味を引き出す」「味を調整する」というような感覚ですね。

単なる風景でも、それをカメラで一部分を切り取って額縁に入れて飾ったり、Instagramにアップしたりすれば「作品」のようになります。
酢というのは、そういう良い部分を切り取って引き出すような、そういう感覚です。

「酢の物」はいかに素材の良さを引き出すのか、そういう料理の本質のようなものがあります。

鰻ざく@ザ・リッツ・カールトン京都 会席 水暉

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