美食学研究報告

日本料理の次世代への継承と、更なる発展。日本料理を未来に繋ぐ。

「未在」に行ったときの話

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「ミシュランガイド京都・大阪」の三ツ星常連の未在(みざい)に行ったときの話。


この店を評して、主人の石原氏の名前から「石原劇場」という方がいる。しかし、私はそれは違うと思う。ここには思わずドキッとするような名台詞も、派手なアクションも無い。劇場とは演技、演劇を見せるためのものであり、我々客側は黙ってそれを受動する。ここはそのような場所では無い。それでは一体なんであろうか。主人の60余年の人生で培った世界観、哲学そのものではないだろうか、と思う。主人は料理の説明は丁寧にされるが、それ以外は多くは語らない。しかし、節々に、そっと、さりげなく、油断していれば気付かないかもしれない程度にボールは投げかけられている。例えば、開店前に店の前で立っている割烹着を着た若者。玄関を開けると香るお香の匂い。床の間の掛物や花、調度品。席に着き、供される汲み出しに浮かぶ桜の花びら。一の膳の煮えばなの白米。数え上げればキリがない。見逃したとしても、別に咎められる訳では無い。しかし、それでは余りにも勿体無い。全力で受動し、さらに対話することで、日本文化、茶道文化への理解がより深まっていく感覚はカウンターならではの醍醐味である。

茶懐石に倣った一の膳を食べ終わると、「どうぞ、ここからは普通にお楽しみください」との声から始まる料理。その一つ一つが、まさに作品と呼んで何ら差し支えのないものの数々。

石原氏の世界観。そして、それを全員が共有して脇を固める若い衆の面々。さらに、それを客側である我々が理解し、投げかけられたボールを一生懸命キャッチし、投げ返すことでこの空間は成り立つ。これが石原氏がテレビ出演されたときに言われていた「一座建立」でなかろうかと思う。
料理は勿論全て一流である。だが、味だけでいえば、もっと美味しい店はあるかもしれない。食材だけでいえば、もっと高級なものを食べれる店はあると思う。器だけでいえば、もっと貴重なものを使う店はあると思う。しかし、それだけを見ていればこの店の本当の価値は見えてこない。カウンターで向かい合う、主人のもてなしの心。緊張感がもたらす心地良さ。まさに唯一無二の存在である。

今まで張りつめた雰囲気であった主人とスタッフの方々が、全ての料理を出し終わると、フッと柔らかい表情になる。ご主人はあまり口数は多くは無いが、察するに普段は気さくな方なんだろうと思う。最後、お見送りしてくださった主人の笑顔。決して言葉には出さないが、私には心の声が聞こえた気がした。「あなたの為に全力を尽くしましたよ。」と。

ここには名優も名監督も台本も無い。真理を求める男の全身全霊があるだけだ。



ご主人の名刺@未在
お料理の写真撮影はNGとのこと。


料理の写真が見たい方は、ぜひ石原氏の書籍を参照ください。

未在 石原仁司の茶懐石

未在 石原仁司の茶懐石

未在(みざい)
京都市東山区八坂鳥居前東入ル円山町613
TEL:075-551-3310
http://mizai.jp/