美食学研究報告

日本料理の次世代への継承と、更なる発展。日本料理を未来に繋ぐ。

【調理の技法 第1回】「切る」 その2

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今回は切るということが最も重要な要素になる「お造り・刺身」を「切る」ということについて書いています。
前回の記事をお読みでない方は、まずはそちらからご覧ください。

その前に、「造り」と「刺身」の違いについては別記事で書きましたので、そちらをご参照ください。

私は今まで、調理の現場では「造り」という言葉を使ってきましたので、「造り」「お造り」という表記に統一させていただきます。

お造りといえば、スーパーなどでも買うことが出来るし、その気になれば家庭でも出来るかなと思われるかもしれません。しかし、同じ魚を切り身にするのでも、切る人と使う包丁によって全く違うものになってしまいます。スーパーの鮮魚コーナーのお造りと、ちゃんとした日本料理店で食べるお造りは全く違うなと感じたことのある方も多いと思います。もちろん素材となる魚の質や状態の差もあります。しかし、それだけで無く「切る」という調理そのものに大きな秘密があります。そのメカニズムを解説します。

魚でも肉類でも野菜でも、どんな食材でもそうなのですが、「切る」という行為は「素材の細胞組織を分断する」ことです。ただ分断すると言っても色々あります。

「身体で覚える」という言葉もある料理の世界です。自分の身体で語ってみましょう。私に限らず、ある程度料理をしたことのある人なら誰でも、包丁で自分の指を切った経験があると思います。また、同じ手を切るシュチュエーションで、ラップやアルミホイルを使うときに、箱の横に付いているギザギザで切ってしまったことのある人も多いのではないかと思います。もちろん傷の深さや範囲によって違うのですが、その傷が同じぐらいの身体の場所、傷の深さ、範囲であった場合、包丁で切ったときのほうが痛みは少なく、傷の治りも早いはずです。また、同じように包丁で切った場合でも、よく切れる包丁で切った場合と、あまり研げていない包丁で切った場合も、前者の方が痛みは少なく治りも早くなります。その差は何なのかというと、細胞組織に与えるダメージの違いです。

魚の細胞や繊維を最小限のダメージでスパっと分断することが出来れば、そこから流出する水分や旨み成分も少なくて済み、お店で食べるような水々しくプリッとした造りなります。ラップの横のギザギザのようなもので切れば、切り口と言うよりも傷口のようになり、中の水分や旨みは時間の経過と共に、どんどんドリップとなって流出していき、スカスカでパサパサになってしまいます。

ラップのギザギザで魚を切るわけ無いだろと思われるかもしれません。しかし、同じように包丁で切るという行為であっても、未熟な人の場合、顕微鏡を使ってミクロ的な視野で見れば、似たようにしているものです。切っているように見えて、極限までミクロの視点で観察すれば、潰したり、へし折ったり、ちぎったりしているということはよくあります。細胞組織を少ないダメージで分断するというのは、よく切れる包丁と高い技術が必要不可欠なのです。

包丁については別記事を設けて改めて詳しく書きたいので、今回は簡単に触れるだけにしたいと思います。よく知られているように日本料理で使う和包丁は片刃になっています。これは日本料理の大きな特徴です。フランス料理でも中華料理でも、包丁は両刃です。片刃の包丁のほうが鋭利になります。

鋭利な包丁を使う方が、細胞組織へ与えるダメージは少なくなり、より美味しい造りになるということは、ここまで読んで頂けた人なら理解してもらえると思います。ただ単に生の魚を切り身にしたのが「造り」であるわけではないこと。「お造り」は高いレベルの「切る」技術があって初めて完成する料理なのだということをご理解していただけますように、お願いいたします。



お造り(縞鯵、烏賊、海老)@京料理 本家たん熊 本店

〒600-8014
京都府京都市下京区木屋町通仏光寺下ル​和泉屋町168
TEL:075-351-1645

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